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創り手たちのStory

Home > 創り手たちのStory #032 有限会社 印伝の山本

#032 有限会社 印伝の山本2015/01/23

伝統工芸を若い世代にも、もっと身近に。鮮やかなカラーと漆模様の〈甲州印伝〉

400年以上の歴史を持つ「甲州印伝(こうしゅういんでん)」

甲州の名だたる武将といえば武田信玄。その信玄が戦国時代、甲冑を入れて運んだと伝えられる鹿皮の袋が「甲州印伝」の歴史のはじまりです。

甲州印伝とは、なめした鹿革に染色を施し漆で模様を描いた山梨県の伝統工芸品で、その技法は江戸時代に創案されました。現在、その伝統技法を受け継ぐ甲州印伝の工房は山梨県内に4社ありますが、なかでも有限会社 印伝の山本の山本誠代表取締役社長は、日本で唯一、甲州印伝の伝統工芸士の資格を持つ職人として知られています。

伝統工芸士の資格取得の条件は、製作の全工程を一人で行なえること。しかし、甲州印伝は分業制が構築されており、取得は困難とされてきました。それを可能にした背景には、同社の成り立ちと山本社長の信念が深く関わっています。

同社の製品は、革がしなやかで柔らかく、点描(ドット)などの微細な柄もくっきりと美しいのが特徴。だからこそ愛着をもって長く使い続け、「山本さんの印伝でなければ」とリピートする顧客が多い

同社の創業者は、山本社長の父である山本金之助氏。印伝の創案者として代々その名を受け継ぐ上原勇七氏の元で技を磨きましたが、徴兵されて戦地へ。戦後の混乱で鹿革が手に入らなかった時期は革工芸の職人として糊口を凌ぎ、やっと鹿革が入手できるようになった1955年(昭和30年)、再び印伝の仕事を始めたのです。「根っからの職人だった」という父の姿を見て育った山本社長も甲州印伝一筋40年、つねに厳しい姿勢で製作に打ち込んできました。

「職人は商品ではなく、腕を売る仕事。だからうちは少量多品目で、一品一品すべて手作業で最初から最後まで丹念につくる。儲かるからと(事業を)大きくするのは嫌なんだ。技術を磨くにはムダ飯を10年食わなきゃならないが、それさえ辛抱できれば、いいものをわかってくれる人がいて食っていける」と語ります。

日本で唯一人の甲州印伝の伝統工芸士である山本社長

既成概念にとらわれず、自らの手で販路開拓

山本社長は伝統の技をただ守るだけではなく、既成概念にとらわれない独創的なものづくりや販路開拓に果敢に挑んできました。とくに高度成長期で景気が華やいでいく流れをいちはやくとらえ、デパートでの催事販売に力を入れたことが同社を飛躍させます。

「甲州印伝を、もっと日本中の人たちに知ってもらわなくちゃと思ってね。伝統工芸士になったのも、甲州印伝の伝統を後世に残すためと、もっと県外に存在をアピールして産業全体を盛り立てたいと思ったから。そもそも山梨の人間は宣伝が下手なんだよ。富士山だって山梨にあるのに、みんな静岡だと思っているでしょう?(笑)」

全国各地をまわって自ら販路を切り開き、1987年には工房を法人化。2001年には現在の場所に店舗を構えます。そんな父の背を見て育ったご子息の裕輔さんと法行さんも甲州印伝の職人の道を選び、三代にわたってその技が継承されています。

ひとつひとつの工程をていねいに美しく

甲州印伝の製造は、まず染色された鹿革を裁断することから。巾着や合切袋(がっさいぶくろ)など品ごとに異なる刃型を合わせ、プレス機を使って一枚ずつ手作業で行ないます。

 

鹿革は稀少で、年々価格が高騰しています。余り皮が出ないように工夫して裁断することで手頃な製品価格を実現しています

 

「伊勢型紙のほうが仕上がりに味わいがありますが、ご予算やデザイン等によりシルクスクリーン型をご提案することもあります」と裕輔さん

柄付けに使用する型紙には、「伊勢型紙」を用いるのが甲州印伝の伝統。和紙を柿渋で加工し、手彫りで模様を彫った三重県鈴鹿地域の伝統工芸品です。型紙は一枚10万円以上もする消耗品。三代続くなかで200枚以上もの異なるデザインの型紙を保有しているのが同社の財産であり、幅広い製品づくりを支えています。

柄付けには、緊張感が漂います。最初に、革に柄が美しく映えるように慎重に型紙を置き、“へら”で漆をすくいとって上から下へとゆっくり塗りこめていく……。そのたった一回でほどよく立体的に漆の柄が盛り上がる分量を見極め、上下左右にむらなく柄をのせなくてはなりません。それを一日に500枚以上。天候や室温などの変化を考えながら安定したクオリティを保つ、まさに職人技です。

柄付けは一回勝負です

 

型紙から革を外すと美しい柄が!

 

「革すき」も日本人ならではの指先の繊細な感覚が求められる仕事です

柄付けされた鹿革は、温度と湿度が一定した室(むろ)で一週間ほど乾燥させたのち、縫製部分の厚みを押さえる「革(こば)すき」を行ないます。これも革の端だけをスウッと薄く削る繊細な仕事です。

最後に、ひとつひとつ丹念に縫製。印伝の革の表面には漆柄の凹凸があるため、縫製も一般の革製品よりむずかしいのだとか。すべての工程でより美しく仕上げるための技法を日々研究し、父から子へと受け継いできました。

若い世代に、もっと伝統工芸を身近に感じてもらいたい

品質の確かさはもちろん、さらなる魅力は「他にはない印伝」に積極的に取り組んでいることです。紺や黒革が主流だった印伝に、スカイブルー、イエローといった鮮やかな色合いの革地を持ち込み、デザインも古典的なトンボや亀甲などの柄から現代的なオリジナル柄までと幅広く展開しています。

 

〈甲州印伝束入B型(富士山柄)〉。裏地には甲州名産の葡萄柄を織り込んだ生地を使用。表地も裏地も通常の印伝よりもやわらかな素材を用いており、その手触りの心地よさのファンも多い

 

スマートフォンカバーのオーダーは8,640円〜。多彩な製品はすべて小ロットのオーダー製作も承ります

Rin crossingで紹介している〈甲州印伝束入B型〉の富士山柄は、長男の裕輔さんが考案。雪を戴く富士山をモチーフに、武田信玄の家紋である“武田菱”と地場産業である宝飾を表す吉祥紋様“七宝”のパターンを白漆で散りばめました。明るい色の革地に白い漆を重ねることでスタイリッシュな仕上がりとなり、シニア向けの印象が強かった印伝のイメージをくつがえしています。

また、オンラインショップを立ち上げてスマートフォンカバーのオーダーメイド販売に着手し、人気携帯ゲーム「コロプラ」とのコラボ商品を製作するなど、若年層への販路拡大に挑戦。直販での売上げを10倍以上も伸ばしました。

「これからの甲州印伝は、ファッション性がありつつ長く愛されるアイテムであってほしい。伝統技法を後世に伝える使命感も感じています」と裕輔さん

「僕と同世代の20代30代の人たちに使ってもらいたい。伝統工芸品はハードルが高く、印伝には超高級品のイメージがありますが、実際は丈夫で日常使いに向いており、価格も1000円くらいからと手頃です。そこで、利幅は薄くてもまず手にとってもらうことを重視し、『伝統工芸を注文する』という経験を通じて印伝を身近に感じてもらうことで、将来にわたっての顧客を育てようと考えました」と裕輔さん。

父が成功したデパートの催事販売も、消費低迷の現代では厳しさを増しています。これからの時代の販路を模索し、「兄弟で若手職人」という伝統工芸の世界では珍しい状況を活かしてメディア出演を増やしました。情報発信することで認知度やブランド力を高め、インターネットや店頭での販売に繋げているのです。

「印伝はひとつひとつが唯一無二の製品。やりがいと可能性を感じています」と法行さん

「印伝は鹿革という他にはない素材で、さらに漆も使う自然相手のもの。加工がむずかしく一筋縄ではいきませんが、だからこそ面白みがある。使っていくうちに手になじんで味が出てくるのもいい。良さを知れば、僕らと同世代の人たちはむしろ興味を持つと思うんです。自分も印伝ってかっこいいと思うので」と次男の法行さん。

戦国武将が甲冑の装飾に取り入れたように、革に漆の文様が浮かび上がる印伝は現代日本の若者たちの心にも響くテクスチャーのようです。女性向けと思われていた市場は、山本兄弟のセンスと戦略で男性にも広がりつつあります。

「Rin crossingでは、僕たちの思いを理解し、印伝の製作過程のようにゆっくりと長い目で一緒に新たな可能性を考えてくれるバイヤーさんやメーカーさんと出会いたいですね」と裕輔さん。将来は海外展開も視野に入れ、英語版のカタログを作成するなど準備を重ねています。

有限会社 印伝の山本
(ユウゲンガイシャ インデンノヤマモト)

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