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創り手たちのStory

Home > 創り手たちのStory #035 株式会社 向山窯

#035 株式会社 向山窯2015/04/24

「個」と「組織」の良さを兼ね備え、世界に羽ばたくオールハンドメイドの〈笠間焼〉

県外への流通があまりなかった「笠間焼」

陶芸のまち、茨城県笠間市。江戸時代中期からつくられ始めた笠間焼は、近江信楽の陶工を招いて窯を築いたのが起こりとされ、関東地方では益子と並ぶ大きな窯業産地として知られています。現在、200軒以上の窯元や陶芸作家が活動しており、毎年春に行われる陶器の祭典『陶炎祭(ひまつり)』には40万人以上もの観光客が訪れます。

しかし、「笠間焼」と聞いて、どのような焼き物なのか、すぐにイメージできる人は少ないのではないでしょうか。

「多くの窯業産地は分業による量産で発展してきましたが、笠間焼は分業ではなく創り手の個性を活かしたものづくりを行なってきました。あらゆる技法を取り入れてきた歴史から、日本全国の焼き物を表現できるほどの技術とバリエーションがあります。じつは多彩な特徴を持っているにもかかわらず、それゆえに『特徴がないのが特徴』とも言われることもあります。また、産地に人が買いにくるためこちらからは外に出ない、いわば流通のない産地でした」

そう話してくれたのは、株式会社向山窯の創業社長・増渕浩二さんです。

「和食のユネスコ無形文化遺産登録や、20年東京オリンピック開催を追い風に、海外にも笠間焼の食器を流通させる仕組みをつくっていきたい」と増渕浩二さん

伝統工芸士を5名も擁する全国でも稀な企業

向山窯は、「クオリティの高い手づくりの陶器を量産できる」という体制を確立することで、産地直売依存だった笠間焼を全国規模の販路にのせてきました。

向山窯には、国が認定する笠間焼伝統工芸士5名を含む10名の陶芸家たちが在籍しており、少量のオーダーメイドはもちろん、数万単位の大量発注にもすべて手づくりで対応しています。このような窯元は、全国でも非常に稀なのです。

創業は、いまから約40年前の1970年。増渕社長は茨城県旧真壁町(現、桜川市)に生まれ、美術に造詣が深かった父親のすすめで愛知県の瀬戸窯業高校に進学。大産地でみっちりと陶芸を学びました。

民芸調の器から芸術的な作家作品まで幅広い品揃えの向山窯の直販店『笠間焼プラザ』

「瀬戸から戻って初めて笠間を見た時は、『ここは産地じゃない!』と思いましたね。瀬戸は地域ぐるみで窯業の高度化や合理化に取り組んでいるのに対し、笠間は家内制工業の域を出ていない。それでも外からお客さんが来るものだからのんびりしていて、規模的にも瀬戸で一番小さな会社が笠間で最も大きな会社という状況でした」

これではいずれ他産地との競争に勝てる訳はなくなる。そう感じましたが、増渕社長は笠間で窯を開くことにしました。そこにあったのは、やはり郷土愛。しばらくは武者修行のように窯元をまわり、笠間でナンバー1と言われるほどろくろの腕を磨きましたが、念願の自分の窯を持った時、増渕社長は作家活動ではなく陶工、そして経営者の道を選びました。

「笠間で一番、質、量を共にをつくれる窯元になるというのが、その時に設定した目標でした。笠間焼をもっと県外にPRし、産地として発展させたい。そのためにはまず量がつくれなければならないし、危機感を持って“攻め”のものづくりをしなければという思いでした」

笠間焼ならではの業務用食器を展開

「笠間焼は、自由なところが魅力」という伝統工芸士の安部秀樹さん。当時30歳での認定は全国最年少記録。向山窯の職人育成力と技術力の高さがうかがえます

 

オーストラリア出身の陶芸家ジェレミーさん(左)と、女性陶芸家の生天目響子さん(右)。さまざまな感性を持つ陶芸家たちが切磋琢磨することで、洗練された器が生みだされています

当初から4〜5人もの若手陶芸家を雇い入れて生産を始めた向山窯に、当時の地元の人たちは目を丸くしました。「これからは窯元も自ら商品を売らねばならない」と社長自ら風呂敷包みに製品を抱えて全国に販路を求め、1990年には産地初の窯元直販店『笠間焼プラザ』をオープン。保守的な産地での先進的な挑戦はつねに苦労を伴いましたが、高品質な量産型の仕事ができる窯元としてバブル崩壊後も順調に業績を伸ばします。

しかし、リーマンショックの数年前からさすがに不況の影響を免れず、徐々に売上げが減少。そして2011年の東日本大震災では、施設の損壊と在庫の7割を失うという大打撃を受けました。

「割れた器が散乱する店内や工房を見て呆然としてしまってね。もうダメだと、その時は思ったんです。でも、陶芸家たちは割れた器を片して、また黙々とろくろをまわすんですよ。それを見たら、ここでやめるわけにいかんと思いましてね……」

従業員は入社当時から独立を目標にしています。量産でろくろの腕を磨いた向山窯出身の作家たちは、確かな技術をベースに個性を発揮してめざましい活躍を見せます

いま、向山窯では業務用食器の製造販売に力を入れています。増渕社長が初代組合長となって「業務用食器研究会」を立ち上げ、地元の窯元20軒と共に笠間焼の新たな活路を切り拓こうと奮闘中です。他産地との競争は熾烈だと言いますが、向山窯には笠間焼ならではの大きな強みがあります。

「弊社は、創り手の個性が損なわれることがないように、一人ひとりが独立した作陶を行なう笠間の伝統を守ってきました。これにより食器づくりのコラボレーションにおいては、高級レストランや料亭等が求める差別化された上質な器を提案・実現することができています。そして量産となれば匠の技を持つ陶芸家たちが協力し合い、社内6基の窯を駆使して迅速に、かつ高品質・低価格なサービスを提供することが可能なのです」

自由な創造性を持つ「個」と、合理的な「組織」の二面性を兼ね備えた窯元であること。これが向山窯の最大の特徴であり、他では得られない魅力なのです。

 

伝統的な柿釉に、クラフト調の斬新なデザインが施された〈柿釉縞紋タンブラー〉

 

温かみのある粉引と、金属光沢を持ったラスター釉を掛け分け、伝統技法とモダンなデザインを融合させた〈ラスター粉引き楕円皿〉

オールハンドメイドの笠間焼を世界に発信!

昨年、向山窯の食器がフランスに輸出されることになりました。これまで窯元や作家が海外で笠間焼を販売した例はありますが、現地商社を通した本格輸出は約50年ぶりです。洋食の食器は磁器がほとんどで、陶器が選ばれるのは異例のことです。

さらなる販路拡大を目指して、展示会にも意欲的。2015年3月には幕張メッセで開催された『和食産業展2015』や『ファベックス2015』に初出展し、すべて手づくりで企業の要望に応えられる利点をアピール。来年度は『東京インターナショナル・ギフト・ショー』にも出展予定です。

「オールハンドメイドの産地であることに興味を持ち、手仕事の価値をわかってくださるバイヤーさんとの出会いは嬉しいですね。市場が活性化しグローバル化が進むなか、Rin crossingのアドバイスを受けながらさらに発展的な海外輸出の仕組みを構築したいと思っています」

株式会社 向山窯
(カブシキガイシャ コウザンガマ)

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