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創り手たちのStory

Home > 創り手たちのStory #047 株式会社 森銀器製作所

#047 株式会社 森銀器製作所2016/04/28

他の伝統工芸とのコラボレーションで可能性を広げる〈銀の玉盃〉

「銀の爪楊枝から金のお風呂まで」

銀の盃(さかずき)にお酒を注ぐと、盃の底に満月のような透明な玉が浮かび上がりました。光の屈折により盃の縁が盃の底に映り込み、玉(ぎょく)が現れる魅惑の銀器、〈玉杯(ぎょくはい)〉。

それだけでも感動的ですが、その玉にさらに蒔絵で彩られた美しい景色が写っていたら……? きっとその器で楽しむひとときは、日本ならではの粋を感じる特別な時間になるのではないでしょうか。

山中漆器をはじめ、日本各地の漆器産地や蒔絵師とのコラボレーションで生まれた〈純銀漆玉盃〉

そんな神秘的な〈純銀漆玉盃〉を編み出したのは、株式会社森銀器製作所の代表取締役社長、森 將さん。森銀器製作所は創業89年、東京都台東区に本社と工場を構え、カトラリーなどの実用品から競技用メダル、装飾品、宮内庁御用達品に至るまで、あらゆる銀製品を製作してきた銀の総合メーカーです。

「弊社のキャッチフレーズは、『銀の爪楊枝から金のお風呂まで』。どちらも実際にあるんですよ。銀の爪楊枝は2000円ほどで販売していて、けっこう売れます。とあるホテルのオーダーで純金の風呂をつくったのは昭和39年。東京オリンピックの年に純金200キロを使って2年がかりで製作し、大卒初任金が2万円の時代に3億円風呂だと話題になりました。そんな仕事を引き受けられる職人が揃っていたのは、当時うちだけだったんです。私は中学3年生でしたが、その頃の工場の活気はよく覚えていますよ」と、にこやかに教えてくれた森社長。

「ものづくりによって社会貢献し、森銀器製作所に関わるすべての人々が幸せになるというのが経営理念。銀で何をつくればお客様に使っていただけるか、銀のあたたかみをどう伝えていくかを追求しています」と、森社長

創業者である父・森善之助氏は、古くから銀器製造が盛んだった下谷区(現在の台東区)に生まれ、銀座の名工と呼ばれた田島勝之助氏に師事。金槌を用いて銀を打つ鍛金師(たんきんし)として昭和2年に独立し、職人たちを率いて全盛期には50人を抱えるメーカーに育て上げました。

森社長は、7人兄弟の末っ子で五男。「“ご難”だって言ってるんですよ。不景気の時代に会社を引き継いだんだから(笑)」と軽妙に笑い飛ばしますが、まさか自分が後を継ぐとは思っていませんでした。

「いや、私は好きだったんですよ、銀の職人がね。家にはつねに住み込みの職人が5〜6人いて、同じ釜の飯を食べて、間近で仕事を見ながら育っていましたから、自分も職人になりたかった。ものづくりが大好きで、手先にも自信があったんです」

しかし、父の方針は「うちに入れるのは2人まで」。そのため森社長はまったく違う分野に進学し、卒業後も電気機器メーカーに勤めます。その後、兄が起業した銀のリサイクル会社に移って手腕を発揮し、1996年に森銀器製作所を引き継ぐことになったのです。

 

坩堝(るつぼ)で銀を「溶解(ようかい)」した銀を型に流し込み銀塊をつくります

 

職人であり金属工芸作家の木村智久さんが手に持っているのは、約1kgの銀ののし板。約6万円分です

 

「森銀」の名が入っている圧延(あつえん)ロール。溶解してつくったのし板を必要な薄さまで均一に延ばします。もう50年以上も使っているレトロで頼もしい機械です

「その頃は、どうみても仕事のない時代でした。銀の相場が跳ね上がって銀製品は身近ではなくなり、ほとんどアクセサリーでしか皆さんの目に触れなくなった。でも私は銀屋のせがれですから、やはり多くの方に銀を使ってもらいたい。もう一度、美しい銀製品を暮らしの中で使う楽しさを知ってもらい、お客様に心の豊かさを提案したいのです」

他の伝統工芸とのコラボで、高価な銀を身近に

「純銀漆玉盃」も、高価な銀を身近にしたいという発想から生まれました。

「この15年間で5倍(現在は約4倍)にも銀の価格が高騰したため売れ行きが悪化しました。そこで銀の量をなるべく少なくして、かつ魅力的な商品をつくらねばという思いがありました」

森社長は、東京金銀器工業協同組合理事長であり、一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会(伝産協)の理事でもあります。そのため、銀器に限らず「日本の伝統工芸品をもっと世界に打ち出したい」という思いもありました。

「玉盃の場合は、まず中国に売りたいんですね。中国や台湾では『玉』が非常に好まれるからです。そして世界の伝統的な食器は、金属器か、木器か、陶磁器か、ガラス器です。うちは銀器で金属の器なので、残りの3つとコラボすることで銀の量を減らしてこれまでにない器をつくり、世界に持って行こうと考えました」

異素材の器の中に玉杯を仕込む。第一弾は日本色の強い漆と決め、経済産業省の平成26年度伝統的工芸品産業支援補助金を申請、需要開拓事業、意匠開発事業として助成を受けました。そして以前から親交のあった漆芸作家の三田村有純氏(東京藝術大学美術学部教授)を訪ねて指導と協力を仰ぎ、開発をスタートしたのです。

銀を金床に当て、金槌で打って器型にしぼって(形成して)いく「鍛金(たんきん)」。槌目、ゴザ目、岩石目などのさまざまな模様打ちがあります

内側の絵が玉に映る! コロンブスの卵的アイデア

開発中に、さらに新たなアイデアが閃きました。

「最初は無地のものをつくろうとしたんですよ。とにかく銀の量を少なくして手頃な価格にと思ってね。でもサンプルを眺めているうちに漆器の色が影になって玉に写っていることに気づき、『器の内側に絵を描けば、玉に絵が映るじゃないか』と思いついたわけです」と森社長。

それは、まさにコロンブスの卵。当たり前のようでいて、誰も気づいていない発見でした。森社長は自らマジックで器の内側に絵を描いては的確な位置を探り、「桜の山に浮かぶ満月で餅つきをするうさぎ」「雲の中から現れた龍が五爪で玉をつかむ姿」といった洒脱なアイデアを提案。

また、自社の持つ鍛金の技術を生かし、槌目を玉に写すことで満天の星空のような模様を浮かび上がらせるなど、発想次第で唯一無二のさまざまな表現ができる可能性を示しました。

「現在、伝産協の理事仲間や藝大の三田村教授を通じて山中漆器や会津漆器の蒔絵師さんを紹介してもらい、15名の方に絵柄をお任せしています。皆さん非常に興味を持って『やりたい』と手を上げてくださったんですよ」

玉に絵や模様を写すアイデアは、経産省の助成金を活用して特許を出願。また、中国には酒器ではなく、より市場が大きい『茶器』として販売することを想定し、銀と他素材の接着も試行錯誤しています。

「中国では100℃の熱湯で茶を淹れます。それだけの熱を加えると銀と他素材との膨張収縮率の差が激しく、これまで困難とされてきましたが、接着剤メーカーと相談し、柔軟性のあるシリコン製の接着剤を採用することで剥離などの問題をクリアしました」

同社の名刺には「夢創造製作所」というコピーが記してあります。昔ながらの金工の伝統を受け継ぎながらも、斬新なアイデアと行動力で、つねに新しい創造に挑戦しているのです。

玉杯の内側に彫金するのは非常に難易度が高く、高度な職人技が求められます

グローバルな広報活動に期待

開発スタートから1年半。まだ発売前の〈純銀漆玉盃〉ですが、東京都中小企業振興公社を通じて今年2月にパリのメゾン・エ・オブジェ、その後ドイツのアンビエンテと海外の展示会に出展しています。

「Rin crossingには、やはりグローバルに日本の伝統技術をつかった品物を売っていただきたい、紹介していただきたいと期待しています。我々は中小企業ですから、多言語でのWeb上の告知や、ギフトショー、ルームスといった大きな展示会の出展、イベント等で広く商品をご紹介いただけるのは心強いですね」

株式会社 森銀器製作所
(カブシキガイシャ モリギンキセイサクショ)

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