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創り手たちのStory

Home > 創り手たちのStory #056 鍛冶工房 弘光

#056 鍛冶工房 弘光:鍛造灯花器【島根】2017/01/25

古から伝わる鍛冶の技を繋ぎ江戸時代の意匠を現代の暮らしに灯す〈鍛造灯花器〉


日本刀鍛錬の技術を受け継ぎ
手仕事による灯り器具を復刻

出雲空港から国道9号線一路東へ向かい、中国山地の方角へさらに走って辿り着いたのは、かつて難攻不落の城として名を馳せた月山富田城の城下町、広瀬町。古くから和鉄の産地としても名高いこの一帯では、たたら製鉄とともに刀剣鍛錬の鍛冶業が栄えました。今回取材に訪れたのは、街道筋に現在ただ一軒のみ残る鍛冶工房 弘光。天保年間のたたら操業に従事し、打刃物や小農器具、生活用具に加えて刀剣鍛錬の道に励んできた老舗工房です。

近くにはたたらに所縁が深く、現在も製鉄関係者の尊崇を集める製鉄神「金屋子神社」がある神話と和鉄のふるさと尼子の里。今もかつての街道の趣が残る

刀匠としての最高位「国工院大宗匠」の技術を受け継ぐ伝統の工房で、若いころから先代に師事して刀匠修行に入って技を磨き、現在も現役で職人道を貫くのが10代目当主の小藤洋也さん。当初はまだ美術刀剣や打刃物、農器具などのニーズがあったものの戦後急激な経済成長のなかで大量生産のあおりを受け、今後先細りするであろう鍛冶の未来に70年代ころから懸念を抱き続けていたといいます。

高校卒業と同時に家業の刀匠修行に入り、刀匠の資格を持つ10代目当主の小藤洋也氏。「自分の代でつぶすわけにはいかない。この技術を伝承しなくてはという想いで続けてきました」と語る

かつては打刃物や小農器具を中心につくられていた。和鉄を鍛造して磨き上げることで、刃紋といわれる美しい模様が出るという

そんな時代背景のもと、先代とともに洋也さんが鍛造技術に磨きをかける日々のなかで、ふと目に留まった新聞広告が弘光の方向性に大きな影響を与えました。その広告にあったのが、『灯火器百種百話』という江戸時代からの灯火器の書籍です。昔ながらの鍛造技術でつくられていた灯火器を見て、今後のものづくりのインスピレーションを得た洋也さんは夜行列車に飛び乗って著者のもとへ向かいます。そして著者がコレクションしていた灯火器の実物を借り受け、刀剣鍛造技術を駆使しつつ昔ながらの鍛造あかり器具のディテールを忠実に再現。数カ月の試行錯誤を経て、復刻に成功したのです。

 

古来のあかり器具について記された書籍 『灯火器百種百話』瀧澤寛著

 

電気の時代にあえて蝋燭を使う提案を、と創作された灯火器

 

異素材を用いた溶接の技法は使わない。鉄と鉄を鋲でカシメる手法では、10、20年後も堅牢で離れることはない

 

手作業で鍛造して美しい峰をつくるには、熟練の技が必要


当初はなかなか売れなかったものの、80年代後半にインテリアスタイリストの目に留まり、大手百貨店やメディアに取り上げられて注目を集めることとなります。以来、灯火器や花器など現代の暮らしのなかで受け入れられる工芸品づくりを追求しながら、打刃物から暮らしのしつらえ品へと中心品目をシフト。伝統を受け継ぐ鍛治工房として、新たな販路を拓きました。

昔からの技法を忠実に生かした置きタイプの行灯。デザインをフルオーダーで発注することも可能


昔日さながらの技法を守り抜き
本物が持つ美しさを徹底的に追求

つくる品目は変わったものの、鍛造技術は代々受け継いできた繊細な技法に徹底的にこだわり続けています。「溶接は、仕上がりが美しくないので極力使わないようにしています。昔ながらのカシメの技法で固定します。日本刀と変わらない、髪の毛一本の姿、形の世界ですね」と洋也さん。店舗の奥にある別棟の工房に足を踏み入れると、そこにはまるで江戸時代の鍛冶屋に迷い込んだような、独特の職人空間が広がっていました。

古くから変わらない道具や設備が、いまも現役で残る弘光の工房空間

 

さまざまなサイズや形状の鉄を掴むやっとこは、全て手づくり

 

たたら鉄でつくられた金床は、洋也氏で3代目

鍛冶仕事の道具も手づくりだというから驚きです。「つくるものの形状や作業の用途に応じて、道具も自分たちでつくってきました」と説明する洋也さんの背後には、鉄製のやっとこや金槌など数えきれないほどの道具がかかっていました。聞くと、なかには江戸時代から使い続けているものもあるといいます。

開口部を障子張りにして、工房全体に中間照明をとりいれているのにも理由がありました。現代の施設では炉の温度を機械で計測できますが、弘光では、温度は鉄の色を目で見て判断します。それゆえ大事な焼き入れ作業は、暗くなる夕方から夜に行うのだとか。時代とともに機械や技術が進歩しようとも、頑なまでに職人の手と五感を頼りにした昔ながらの製法にこだわることで、鉄の特性を生かし、強靭さと線の美しさを表現できると、語ってくださいました。

古くから伝わる送風器「ふいご」は、手加減で風を送るため、自分のリズムで適度に休みながら仕事を進めることができる

 

障子で外光をやわらかく遮り、鉄の温度を見極めるために一定の暗さを保っている

 

まるで飴細工のような手つきで熱した鉄を曲げる


その卓越した鍛造技術を見込まれ、目利きとしても知られる白州正子が晩年を過ごした旧白洲邸「武相荘」から依頼が舞い込みます。そして復元したのが、吊り下げ式の燈明台に花器をしつらえた「風季灯」でした。後年、「弘光」の銘が刻まれたこの商品は現在も武相荘の人気商品となっています。


弘光鍛造の銘を守りながら
創作あかり工芸の未来を拓く

そして、この洋也さんの信念と匠の技は、次の世代へと受け継がれています。「家業を継いでほしいという話は一切なかったです。大学を出てから都内の企業勤務を経て県内へ戻ってからは美術館に務めていたのですが、子どものころから工房の仕事を手伝っていましたから、自然な流れで父に弟子入りすることになりました」と語るのは11代目となる長男の宗相さんです。先に弟子入りしていた妹の柘植由貴さん、そして10年ほど前に加わった三宅大樹さんとともに、若手職人ならではの感性を生かして新たな作品製作に励んでいます。

「いまで弟子入りして17年目になりますが、自信を持ってつくった作品を売れるようになるまでには相当時間がかかります」と職人の世界を語る11代目の小藤宗相氏

若手職人ならではの新しい感性で生み出された「置き風鈴 風の音」

宗相さんが新しい感性で作り上げた作品「置き風鈴 風の音」は、置き場所を選ばず使える風鈴としての用途だけでなく、花器、キャンドルベースしても使え、ベストセラーとなっています。品目も200数十種と広がり、日本のメディアはもちろん、日本の伝統文化関心の高い海外のインテリアショップからも問い合わせがあるなど、注目は高まる一方です。

 

加工機器の導入は最小限にとどめ、鍛造の味を生かしながら新たな意匠も生み出している

「はじめは長く続ける覚悟ではなかったのですが、のめりこんでしまい、ふと気づいたら弟子入りから10年以上が経っていました」と三宅大樹氏

「決して安いものではありませんが、鉄そのものの存在感や大量生産にはない本物が持つ美しさを求める人がいるということはとても支えになります」と宗相さん。そうはいっても見るだけでは本物の持つ魅力が伝わらないことも多いため、百貨店の展示販売会やギフトショーなどの展示会では、現代の暮らしのなかでの使い方提案を行ったり、上質な暮らしのシーンにある製品イメージをビジュアル表現したコンセプトブックを制作するなど、プロモーション活動を積極的に行っています。

日本古来の灯火器など復刻品をはじめ、現代の暮らしに美と用のしつらえを提案する創作あかり工芸を陳列販売する店舗空間。品目は200種を超える

「そうして積極的に外へ出かけて行くなかでRin crossingにもご縁をいただきました。展示会や商談会は、現在の商流を肌で感じることができるので、今後も大事にしていきたいですね。置き型の風鈴や蚊取線香置きも、お客様の生の声を伺うことで生まれたものです。これらかもニーズに合った新作を毎年発表していきたいです」と意気込みを語る宗相さん。

熟練の職人である洋也さんの背中を見ながら、体と五感で覚える若い職人たちの姿を目の当たりにして、まさに一子相伝の過程を垣間見たように感じました。今後いくら時代が変わろうとも昔日さながらの技を変えることなく、鍛冶屋に灯る火は時代の流れに添いながら受け継がれてゆくに違いありません。

鍛冶工房 弘光
(カジコウボウ ヒロミツ)

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