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創り手たちのStory

Home > 創り手たちのStory #058 有限会社 はじめ商事

#058 有限会社 はじめ商事:奄美布【鹿児島】2017/03/15

奄美の伝統文化、大島紬の技術を再編集してメイドイン奄美を総合プロデュース〈奄美布〉


着物離れが進むなか、箪笥に眠れる宝を
新たな形で再生する「大島紬里帰りプロジェクト」

九州と沖縄のちょうど中間あたりに浮かぶ奄美大島は、日本の離島のなかでも佐渡島に次いで広い陸地に豊かな森をたたえた島です。島北部の空港から車で小一時間ほどの名瀬有屋は奄美大島のちょうど中心部に位置する集落。今回の取材先、はじめ商事はこの地で7代にわたって、本場奄美大島紬の製造販売を手掛けてきた織元です。

独自の文化を築いてきた奄美大島に古くから伝わる高床式の倉庫。食品などさまざまなものの貯蔵に使われてきた

奄美独自の文化のなかで1300年にわたって受け継がれてきた大島紬は、絹100%の糸を先染めし、精巧で緻密な柄を絣合わせして手織りで織上げた、日本の着物文化のなかでも最高峰と称えられる伝統工芸品。着物を着る人にとっては憧れの存在である高級織物です。

とはいえ着物離れが加速するなかで、大島紬も先行きに不安を抱えていました。1980年代から問屋を介さず産地主導型の販売を手掛けてきた同社では、全国をまわって販売しながら感じとった消費者の実状から、新たな可能性を模索。「今、国内には8~10億枚の着物が箪笥の中に眠っているといいます。そこで、世にある古い大島紬を奄美へ里帰りさせて再生させようと “大島紬里帰りプロジェクト”を始めました」と代表取締役の元雅亮さんは語ります。

「大島紬を呉服以外のアイテムに展開して表現し、奄美からどう発信していくかが今後の課題」と語る代表取締役の元雅亮氏

古くなった着物の生地を生かして洋服に仕立て直しても、繊細な正絹織物である大島紬の場合は劣化してしまう可能性が高く、生地を永きにわたって生かすにはどう再生すればよいか、さまざまな試行錯誤を重ねました。その結果たどり着いた手法が、古い着物生地を裂いたものを緯糸として活用し、大島紬の織り機を使って裂き織りの生地を織り上げるというものでした。こうして“奄美布”と命名した生地による製品を世に送り出したのです。

大島紬に限らず、全国から集まってきたさまざまな古い着物が、再生のときを待つ

「活躍の場を失った大島紬を現代の暮らしで使えるものに再生するということはもちろんですが、何よりも着物離れとともに仕事が減ってしまって、高齢化が進む一方の奄美の職人に仕事をつくり、伝統技術を次世代へ継承する基盤を再びつくることを目指しました」と雅亮さんが語るように、紬職人を取り巻く状況は深刻なのです。

着物生地を5ミリ幅にハサミで細く裂いていくのは全て手作業だが、大島紬の複雑で緻密な工程に比べるとまったく苦にならないという

古い着物を裂いた細い生地を緯糸としてシャトルに巻き、大島紬の織り機に絹の縦糸をかけて織り上げてゆく

大島紬の製造は約1年という気が遠くなるほどの時間をかけて完成します。まず素材である絹糸を “締め機(しめばた)”という大島紬独自の織り機で絣図案の設計図に沿って締め、泥染を施してから、織り上げるという熟練職人による分業で、製品化までに100以上にもおよぶ複雑な工程を経なければなりません。最盛期には28万反もあった生産量が5千反にまで落ち込むなか、特殊な技術を要する職人の仕事が途絶えてしまうことは、大島紬そのものの危機を意味するのです。

裂き織りで織り上げた“奄美布”を、島外のデザイナーの手で仕立てた製品

同社では、大島紬の生地と技術を生かした裂き織り生地“奄美布”によるベストを製品化して、2012年に鹿児島県の新特産品コンクールへ出品。工芸部門で見事県知事賞を受賞しました。こうして、製品発表とともに打ち出した“大島紬里帰りプロジェクト” も、多様な業界からの注目を集め、その後の発展の大きな足掛かりとなったのです。

 

帽子やバッグなども、島外の製造メーカーや職人などと手を携えて製品化している


大島紬の高度な製造技術を繋ぐために
新素材による生地づくりを模索

「大島紬の製造工程はとても複雑でさまざまな作業がありますが、それぞれの工程を支える締め機や織り機といった道具も非常に貴重で、それをつくる職人もほとんど残っていません。大島紬を残して次世代に伝えるためには、今ある道具を使い続けることも大事なことなのです」と熱く語るのは、雅亮さんの長男で専務取締役を務める元允謙さんです。

140cm幅の反物を織ることができる大型の織り機を特注し、着物だけでなく、さまざまなジャンルの製品化を可能にした

現在は家業を継いでいる允謙さんですが、大学進学時は、先行きの不安から後を継がなくてよいというムードが漂い、奄美ではどの職人の家でも若者は島を出て別の進路を目指す傾向にあったといいます。允謙さんもCGデザイナーを目指して進学したものの、自分の選んだ進路に違和感を感じていました。そして大学3年の夏、帰省した奄美大島で、改めて大島紬の魅力に開眼したのだとか。そこで1年間休学し、奄美にある鹿児島県大島紬技術指導センターで伝習生として伝統技術を学ぶ道を選択しました。

大島紬独自の柄を出すための絣糸を染める “絣むしろ”を締め上げる、“締め機”

復学して大島紬をテーマにした卒論を書き上げて卒業し、京都の問屋で3年間の経験を積んでから島へ戻ってきた允謙さん。同じく伝習生として機織の技術を学んだ奥様と二人三脚で、大島紬の技を次世代へ繋ぐために日々新たな可能性に挑んでいます。

自ら職人として、大島紬製造の全工程を手掛ける専務取締役の元允謙氏

2012年に“奄美布”で注目を集めてからは、同社を取り巻く環境にも大きな変化がありました。中小機構の担当者による働きかけで、2014年には「大島紬里帰りプロジェクト」による裂き織り生地およびリサイクル商品の製造販売事業が地域資源の認定を受けました。また雅亮さんと允謙さんが全国の販売会やRin crossingの交流会などでプレゼンテーションすることによって、呉服業界に限らず多様な業界のバイヤー、メーカー、デザイナーとの縁がつながります。さまざまな素材によるコラボ企画の話も舞い込み、大島紬独自の締め機や織り機といった古くから伝わる道具を活用した生地づくりに挑んできました。

裂き織りによる生地の試作は、大島紬にとどまらず、さまざまな素材を裂いた緯糸を使って行う

 

革製ソファの端材を有効活用するための試作や、カシミアを染めて緯糸に使用したりして、あらゆる可能性を模索

また、地域資源認定後には、“ものづくり補助金”の審査も通過。今後の新たな商品展開を踏まえて、幅広の生地を織ることができる世界に一つだけの織り機を特注します。さらに2015年には、幅広の織り機や古い締め機を置いて製作ができる場所をと、敷地内に工房を新設。今ある大島紬の道具と、多岐にわたる技術を次世代に繋げたいと、締め、泥染め、織りの全工程を手掛けられる環境を整え、允謙さん自ら新製品開発の試行錯誤を続けるとともに、伝統工芸の職人としても技術に磨きをかけています。


インテリア、建材、ファッション小物など
多様なジャンルのコラボ商品を奄美から発信

一昨年完成したばかりの新しい工房の入口には、伝統的な文様である“龍郷柄”の大島紬を樹脂とガラスでコーティングして封じ込めたプレートが掲げられていました。暗くなってあかりが灯ると、まるでステンドグラスのように美しい柄が浮かび上がります。これも建材としての可能性を模索した新製品のひとつで、裏表のない大島紬ならではの柄の美しさを生かしたプロダクトです。木を象ったロゴマークには、メイドイン奄美のさまざまな商品を世に発信したいという願いが込められているといいます。

新工房を「AMAMIMAMA」と命名し、奄美大島に広がる森をイメージしたロゴマークを作成

 

大島紬の象徴的な柄“龍郷柄”を樹脂とガラスで特殊コーティングし、建材やインテリアグッズなどさまざまなアイテムに展開した“クリスタル大島紬”

この取り組みは、生地のままでは展開できなかった、タイルなど工業製品や、コースターやフォトフレーム、ランプシェードといった生活雑貨など、異業種展開の可能性を大きく広げました。

小紋や友禅など、大島紬以外の古い着物も、裂き織りにしたり、柄を生かしたプロダクトに展開したり、と柔軟に対応可能

また、大島紬に限らず、小紋や友禅などもフォトフレームに封じ込めたり、残りを“奄美布”として裂き織り製品へアレンジしたり、ご家族との思い出の着物を物語のあるプロダクトに展開するなど創造性もどんどん広がります。

大島紬について “インフォグラフィック” によって 視覚的に表現する産官学共同のプロジェクトに参加

「産官学共同で、伝統工芸を活性化しようという活動も行っています。私自身も販売とは別に、文化庁や大学が主催するフォーラムに参加して、大島紬を第三者に伝えるプロジェクトに取り組んでいます。これからの課題は、メイドイン奄美のプロダクトや文化そのものを、新たなマーケットに向けて具体的にどう発信していくかですね」と意欲を見せる雅亮さん。

「私たちの背後には、奄美大島という大きなブランドがあります。大島紬の技術を生かした新たな製品を生み出すことで雇用が生まれ、また新たな文化も生まれる。そして奄美ブランドの可能性を提示することで若者が島に誇りを持つことが、最終的な目標ではないかと思います。でもそれをこれから具現化していくには、島外の専門家の力も必要です。ぜひお力を貸してください」と語ります。

1300年の長いときをかけて、先人がつくりあげてきた大島紬を、次の世代へどう繋ぐか、はじめ商事の取り組みは、一企業としての枠組みを越え、また大島紬という伝統工芸の枠組みさえも越えて、さらなる奄美の未来を紡ぎ始めていました。

有限会社 はじめ商事
(ユウゲンガイシャ ハジメショウジ)

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