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創り手たちのStory

Home > 創り手たちのStory #062 株式会社 つかもと

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#062 株式会社 つかもと:益子焼【栃木】2017/06/23

消費者の半歩先へ 常に伝統に磨きをかける、「つかもと」の器〈益子焼〉


実用性の中にある美しさ
日用品として愛されてきた、益子焼とは

日本各地には、土地の名前がついている焼き物が多々あります。材料となる土、釉薬(ゆうやく)となる原料、窯で焼きあげる際に火をおこすための薪など、器をつくるのに欠かせないすべての材料が、その土地の中で揃って初めて、土地の名前をつけることができるそう。今回はそんな、地名が焼き物の名前になった場所、栃木県南東部に位置する益子町です。益子町でつくられる「益子焼」とはいったいどんな陶器なのでしょうか。益子町で器をつくり続けている「株式会社つかもと」にお邪魔してきました。

工房やショップ、ギャラリー、レストラン、陶芸体験など、一日居ても飽きない位、見ごたえがある場所

「益子で焼き物が焼かれるようになったのは、江戸時代末期。茨城県笠間で修業した大塚啓三郎が、1853年に益子町で陶器製造しはじめたことから、と言われています。当時の主な製品は、かめ、すり鉢、土釜、土鍋など庶民の台所用品だったんですよ。つかもとはその約10年後に創業しました」。益子焼の歴史から丁寧に教えてくれたのは、益子町に塚本窯を構える「株式会社つかもと」の営業部営業開拓室の関 教寿さんです。

職人を17年務めたのち、企画課で広め手として2年活動。その後現在は営業を担当しているという異色の経歴の持ち主

同社工房内にあり、昭和40年まで使われていたという登り窯。むかしはさらにあと2つあったそうだ

釜の中には陳列方法を再現した展示物が。一般の人も見学することができる(要連絡)

その後1924年に、「民芸運動」を唱える濱田庄司が益子町に移り住み、作陶し始めました。濱田の作品は、実用性の中に美しさがあるという「用の美」を追求したもので、多くの陶工が濱田の作風に影響を受けたそうです。またライフスタイルの変化とともに日用品としての需要は減り始めたこともあり、1950年頃を境に、益子の陶器は生産の中心を台所用品から民芸品へと変化させていきました。つかもとの器もこういった時代の変化を受け、現代の暮らしに寄り添う器となっていきました。今現在も、伝統を引き継ぎつつライフスタイルの変化に対応しながら、新しい器が生まれ続けています。

「つかもとブランド」の代名詞でもある、同社創業者、塚本利平の名がついたシリーズ「利平」

同社のショップでは、さまざまなジャンルの器が並ぶ。相手の立場に立った店舗作りが印象的


「思い出づくりを創造する」
つかもとのものづくり

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陶芸体験ができる建物に大きく書かれた、「塚本窯」の名前。歴史を感じることができる

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工房内は上り坂が多い。その理由は昔登り窯を作るために、山の斜面に工房を構えたから

土練→成形→脱型→仕上げ→乾燥→釉薬掛け→窯詰め→校正→窯出しと、工程順に作られた工房内

他の益子焼の中でも“つかもとらしさ”を感じるのは、「伝統に磨きをかける」という部分。そう思うようになったのは「伝統は守るということではなくて、磨きをかけていくこと」という他産地の先輩の言葉が、つかもとのものづくりとリンクし、ストンと腹に落ちたから。時とともにライフスタイルが変わっていく中で「重ねられないから」「分厚くて重たいから」と、今までの器では作る側と使う側のニーズが合わなくなっていく姿を見る中で、ならばそれを今のデザインに「磨き直す」ことが必要だと感じました。

楕円や丸形など、ぐるぐると回ったときに常にシンメトリーにならない形の場合には、粘土を泥漿(でいしょう)に流し込んで作る

すべて合わせ型になっていて、パカッと外すと四角いお皿を作ることができる。筆で丁寧に整えていく

丼型の型から出てきたばかりの状態。縁の部分に「バリ」と呼ばれる粘土のはみ出し部分ができる

その「バリ」の部分を器が乾く前に削る作業。「昨日は200枚くらいのお皿を扱いました」という入社して丸2年の職人

削る際に使う道具をつかもとでは「かんな」と呼ぶ。それぞれの職人が、使いやすいように自分でつくっているそうだ

また、伝統工芸=手仕事と思われがちですが、つかもとの器は手仕事のよさと、機械のよさを上手く融合させています。機械の場合は、蒔など燃料の確保や、仕上がるまでにかかる時間などを短縮することができ、安く、物によっては丈夫に提供できるんです。そして、色付けをする際には手作業を加え、手仕事の良さも追加する。職人さんの手でベースから作っているものもあるけれど、半数以上はそういう機械と手仕事のいい部分を融合しています。

最近はラインナップとしては少なくなってきたが、ろくろを使い成形から手作業で行うことも

外径と深さを同時に測る道具を使い、既定の3ミリ前後に揃える。念の為使用しているが、手がおおよその感覚を覚えているそう

手作業で器に釉薬をつけるため、指で持ったときの指の跡、「作為」が。機械では出せない手仕事の証だ

自然の原料で作られた釉薬。赤茶色に見えるが、焼かれる際に起こる化学変化によって黒っぽい色になるそう

桜色に見えるこの器は、焼きあがると緑色になる

現在使われているガス窯。焼くものによって毎回窯の中の棚を組み直す。そして20時間かけて焼く。月に平均8回窯焼きを行うそうだ

また制作方法だけでなく、販売方法でも今までにない提案を行っています。普通コーヒーカップ&ソーサーはセットで販売されていることが多いと思いますが、「益子伝統釉シリーズ」では、好きな色のカップと好きな色のソーサーを選んで組み合わせてもらえるようにしています。もちろん単品でも購入可能。買うときにあれこれ悩む瞬間も、一つの思い出になってくれたらと思います。

それぞれ9色のカラーがあり、計81通りの買い方ができる。販売においても、視点や発想を柔軟に変えていくそうだ


伝統を守りながら、使う人のことを考えた
新たな挑戦

益子焼という伝統を受け継ぎ伝えていくことはもちろん大切で、引き続き行っていきますが、今後は「益子焼」という言葉が付かなくても「つかもと」というオリジナルブランドとして、価値を確立していくことを目指しています。「メイドインジャパン」というものづくりの枠の中で、つかもとの商品を、ものづくりへの思いを、より知ってもらえればと思います。そのため、器などのテーブルウェアだけでなく陶器で作るインテリアなど、陶器の性質の可能性を広げられたらと思っています。そんな販路開拓の中で、今までRin crossing主催の商談会に複数回参加してきました。Rin crossingの商談会は、Rin crossingに登録されているバイヤーさんを呼び、可能性を結びつけてくださるところが、他にない、いいところだと思っています。

熊本の復興支援として、売り上げの一部をまわすために作ったもの。陶器市で先行販売をし、ようやく全国販売できるようになった

一人ご飯を想定した土鍋も。砂目がはいりざらっとした益子の土は温かみがあり、食事の時間を楽しくしてくれる

展示会や商談会だけでなく、普段の営業活動からヒントをうけることもあります。今都内のセレクトショップに行くと、コーヒーのアイテムが多い。その理由を紐解くと、今までは喫茶店などこだわったところに行かないと、ハンドドリップのコーヒーは飲めなかったのですが、自宅でも気軽にハンドドリップでコーヒーを入れるという、新たなカフェブームが出てきたように感じたからです。それを受けて、先日益子焼のコーヒードリッパーを発表しました。

2017年6月14日~16日に開催された展示会「インテリア ライフスタイル」で初披露となった、新商品・益子焼のコーヒードリッパー

「使う人の暮らしの1シーンになれるような、いろんな視点からの「思い出に残るようなものづくりやことづくり」ができればいいと思っています。市場のなかでも半歩先を歩くような、提案をしていける会社になりたいです」と徹底的に使う人のことを考え、伝統と今をうまく融合させている、つかもとのものづくり。次はどのようなものが出てくるのか、陶器の可能性を無限に広げてゆく姿から目が離せません。

株式会社 つかもと
(カブシキガイシャ ツカモト)

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