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創り手たちのStory

Home > 創り手たちのStory #067 株式会社あおし:阿波藍【徳島】

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#067 株式会社 あおし:阿波藍【徳島】2017/11/24

自然と対話しながら生まれる「ジャパンブルー」親子で届ける伝統の阿波藍


複雑な工程を経て作られる
天然染料「阿波藍」

じっと見つめていると吸い込まれそうなほどに深い「藍色」。天然原料のみで作られる「阿波藍」は、薬品を用いた「化学藍」とは異なり、青色のなかに黄色みや赤みが混じった複雑な色合いが特徴です。江戸時代、阿波藍づくりは徳島藩の奨励の元で発展し、その美しさは日本一と称されました。しかし、明治時代に安価で大量生産が可能な化学藍が発明されたのをきっかけに、生産量は激減。そんな冬の時代のなかでも、細々と阿波藍は受け継がれていきました。

染め液の表面に浮かんだ「藍の華」

まるで土のような質感の「すくも」。現在、日本における「すくも」づくりの9割は徳島で行われている。「すくも」作りを手がける職人は「藍師」と呼ばれる

阿波藍は、実に複雑な工程を経て生み出されます。原料となるのは植物の「藍草」。阿波藍には藍草の一種「タデ藍」が用いられます。乾燥させたタデ藍に水をかけて混ぜ、4~6か月ほどかけて自然発酵させると、染料である「すくも」に。この「すくも」を強アルカリ性の液に入れ、ぶどう糖を加えてさらに発酵を進める「藍建て」と呼ばれる作業により、ようやく藍染めのための染め液ができあがるのです。

自宅に併設された工房。藍の発酵を妨げないよう、冬場でも甕の温度は25度前後に保たれている

徳島伝統の焼き物「大谷焼」の甕で藍建てを行う。甕の深さは1m以上もあり、工房の床に半分ほど埋めてある

上澄みの液に布を浸すことで、染めを行う


35歳で出会った
「藍染め」というライフワーク

梶本登基子さんが藍染めと出会ったのは、今から27年前、35歳のとき。当時は日本の伝統工芸を見直す「民藝ブーム」と呼ばれる動きが起きていた頃でした。人生をかけて打ち込めるライフワークが欲しいと考えていた登基子さんは、ご主人の故郷である徳島に移り住んですぐ、藍染めを始めました。はじめの藍建ては、家の台所に置いたポリバケツで。徳島で天然100%の藍染めを手がける「古庄染工場」で教わりながら、藍染めの魅力にどんどん惹き込まれていったといいます。1997年に工房「一草/ISSO」を設立。藍染作家として歩み始めました。

藍色の鍵は「発酵」、つまり菌の働きによって決まる。菌の栄養として必要なぶどう糖として、登基子さんは徳島の地酒を使っている。他にも木の灰汁や貝の灰などを使いながらアルカリを調整していく

甕の中に布を浸していく

染め液から布を引き上げたら、たっぷりの水で洗う。そして、再び染め液へ。この「浸す→洗う」工程を繰り返していくと、次第に色が深くなっていく

「阿波藍は自然の発酵の働きを利用します。だから、甕のなかの『顔色』を毎日見ながら作業するんです。灰汁や貝の灰でアルカリを足してあげたり、菌の栄養の日本酒を加えたり。化学染料のように均一に、全く同じ色には染まりません。だからこそ、藍染めは面白い。始めて27年目ですが、ちっとも飽きないんです」と、登基子さん。白い布を、染め液に浸して引き上げると、はじめは布は茶色がかっています。そこから空中の酸素と反応して、水で洗うとみるみる青色に。酸素に触れさせては水で布を洗い、また浸す……その工程を繰り返しながら、理想の藍色へと近づけていくのです。

何度も「洗い」を繰り返すため、とくに水の冷たい冬場は大変だそう。また、染め液に素手を浸せば、手は青く染まる。「若い頃は手が青いのが勲章と思ってたんですけど、今は必死で洗って落としています(笑)」

染め終わったばかりの布。何度も重ねられた染めにより、深い藍色に

最初は「絞り染め」から始めたという登基子さん。写真の木の棒で布を挟んで模様をつくる(「板締め」と呼ばれる技法)

藍染めに使う布は木綿や麻が多いそう。ミャンマーなど海外から取り寄せた布も多い


息子さんの力で、
広く、遠くまで届けられるように

2015年には、息子である雄大さんが「あおし」を立ち上げました。「あおし」では登基子さんの藍染めをはじめ、徳島の名産品を日本、そして世界へ向けて発信しています。「僕が子どもの頃から母は家で藍染めをしていましたが、正直、当時はあんまり興味がなくて……(笑)。でもその後、特産品のPRの仕事をするようになって、藍染めに限らず、もっと見せ方を工夫すれば広がるのに、と思うものがとても多かったんです。それで、独立して会社を立ち上げた際、母の藍染めも扱うようになりました」と、雄大さん。

「息子が手伝ってくれるようになって、商品を届ける幅がうんと広がりました。それこそRin crossingにも、私だけでは参加していなかったと思います」と笑う登基子さん

「あおし」代表の梶本雄大さん

群馬県桐生市産のシルク生地を染めたスカーフ。繊細な青のグラデーションによるさまざまな表情が魅力

近年、世の中がまた天然藍の良さに気づいてきている、と登基子さんは言います。「若い藍染作家さんもここ数年ですごく増えましたし、暮らしのものにいいものを取り入れたい、という流れになっていますよね。だから、阿波藍のルーツも含めて支持していただいているのかなと思います。それに、2020年の東京オリンピックのエンブレムカラーも『藍色』。行政の側も応援してくれているのかな?と」

ミャンマー・シャン州の職業訓練校で織られた綿生地を染めたストール。「日亜文化経済交流協会」によるミャンマーとの関わり方を様々に模索する「ミャンマープロジェクト」に、ISSOとして参加している

こちらも桐生産のシルクを使ったスカーフ。もこもことした質感で凹凸のある生地のため、通常のシルクに比べ、藍の調子がとくに良い時でないときれいに染まらないそう

百貨店やギャラリーでの個展を中心に活動してきた登基子さん。しかし、Rin crossingへの参加をきっかけに、ギフトショーや海外の展示会への参加も増えました。「最初は全く別の世界のように思っていましたが、お客さんが求めているものは変わらないことに気づきました。これからも真摯に、天然藍の美しさを伝えていけたらと思っています」と、登基子さんはいいます。長い歴史のなかで、幾度の危機を乗り越えてきた阿波藍。徳島の地で脈々と受け継がれてきたものづくりへの精神を、梶本さん親子から感じることができました。

株式会社あおし
(カブシキガイシャアオシ)

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