The Place of Discovery Rin Crossing

menu

menu

2018年6月現在

登録メーカー
278社
登録バイヤー
国内:891名/海外:515名

詳細へ

創り手たちのStory

Home > 伝統工法を継承したインテリア建材として「いぶし銀」を世界へ|光洋製瓦 株式会社(兵庫)

  • いいね!

伝統工法を継承したインテリア建材として「いぶし銀」を世界へ 光洋製瓦 株式会社(兵庫)

2018/5/25


何も知らないからこそ、まずやってみる。
固定概念にとらわれない、「素材」としてのいぶし

家の屋根を覆っている瓦の歴史は古く、6世紀の末に中国から日本に伝わってきたと言われています。光洋製瓦のある兵庫県姫路市船津町はそんな瓦の産地のひとつ。良質の粘土が獲れることから、古くから瓦造りが行われており、1802年に姫路藩御用瓦師であった小林又右衛門がこの地で窯を開いたことから、この土地で作られる瓦、「神崎瓦」の存在が広く知れ渡るようになりました。そんな船津町に大正12年、どんどんと家が建っていく時代のニーズと、地元の特徴を生かした形で光洋製瓦は創業しました。

今や主力商品のひとつとなった、いぶし素材のインテリア建材「ARARE(アラレ)」

以前より製造・販売している光洋製瓦のいぶし素材でつくった小物「招福鬼鈴」。鬼が災いを払い、お福さんが福を招くという

広い工場に並ぶ3つの大きな窯。1つの窯で一度に1500枚の瓦を焼くことができる

「瓦屋というのがどんなもので、どれだけつらい仕事だということもよくわかっていましたから、まさか私が父のあとを継ぐことになるとはまったく想定していなかったですね」そう話してくれたのは、光洋製瓦4代目の笹田奈都子さん。継ぎ手がおらず一時は閉じようとしていたという同社ですが、小さいころから共に育ってきた職人さんの技術が廃業によって失われるのはもったいないと感じ、笹田さんはまったく何も知らない状態にもかかわらず、会社を引き継ぐことを決意します。「やっぱりいぶしってきれいだなぁと改めて思って。すべてはいぶし銀の魅力じゃないですか」と笹田さんは当時を振り返ります。約3年前の2015年に完了した、世界遺産・国宝の「姫路城」の「平成の大修理」において、同社が製造する瓦が新しく葺き替える屋根瓦の一部に使用されるなど、継ぐことで守られてきた職人の高度な技術は、折り紙つきです。

「わからないことだらけのスタートからかれこれ20年弱。思いつくままにやってきました」と話す、代表取締役社長・笹田奈都子さん


瓦造りの行程も、新しい商品のあり方も、
時代に合わせてアップグレード

「いぶし瓦」と普通の「瓦」の違いは、製造の行程にあります。通常、瓦は大きく「土の調合→成型→乾燥→焼き」という流れで作られます。その焼きのタイミングで燻化(くんか)と呼ばれる、窯の中を無酸素状態にして不完全燃焼を起こし、瓦に炭素の膜をつくりだす行程を追加したのが「いぶし瓦」です。さらに光洋製瓦の「いぶし瓦」には、焼きの過程で必ずおこる「歪み」をあらかじめ想定し、事前に対応しておく「ため」の技術と、粘土の表面をきれいにへらで押さえていく「磨き」の行程、さらに通常よりも長く、ゆっくりと4日間かけて焼くことで、雨や雪、霜などによる劣化をできるだけ防ぎ、その上「いぶし銀」と称される色や艶が鮮やかに残る。こうした熟練の職人の技が、文化財でも耐えられる瓦を生み出していきました。

「いぶし瓦」の特徴でもある燻化をせずに素焼きしたため、赤い色をしている作成見本の瓦

ここにあるため型は姫路城のもの。姫路城大天守の保全修理の際に一部の瓦の制作に請け負った

瓦造りの行程は、笹田さんが子供のころと会社を継いだ平成13年時と、良くも悪くもまったく同じでした。そのため会社を継いでまず行ったことは、いまだに田んぼを鍬で耕しているような事業内容には、機械を導入するなどの改革を起こすこと。そして手作業であるべきところは手作業のまま残すなどの時代に合った作業行程の見直しでした。そんな改革の手は、従来の受注型の仕事の請け方をも変えていきます。「光洋製瓦はものづくりの会社なんだから、こちら主導でものを作って売ったらいいじゃないかと。そしてもっと身近なものを作って、生活の中にいぶしが入ってきたらいいなと思って」と笹田さん。そんな背景から、2007年にいぶしを「素材」として扱うインテリア事業部が設立されました。

光洋製瓦で鬼瓦をつくる「鬼師」のひとり、構井俊一郎さん

成型に使う道具は、使い勝手のよいようにそれぞれが作り出す。ずっと使うことで、道具も気づかないスピードで使い手の形に添って削れていく

これからはインテリア建材としても力を入れていこう――。そんなことを思っていた矢先に、どこからともなくポストに舞い込んできた展示会の案内に縁を感じ、右も左もわからないまま申し込むことに。最初の展示会にはいぶし素材でつくった「イタ」を持っていき展示したところ、デザイナーさんの食いつきが想像以上によく、はじめての展示会で奨励賞を受賞するほど、ブースは盛況となりました。「いぶし素材はインテリアとしてドンピシャで、改めて魅力的な素材なんだと確信するきっかけとなりました」

「ARARE」のネーミングは、まるで作り方が「かき餅・あられ」のようだ、という印象から

工場内を案内してくれた、開発室の笹田裕子さん

成型したばかりの粗地はゆっくり時間をかけて「乾かないようにして、乾かす」

しかし「イタ」のままだと施工の仕方や作成の難しさなど、インテリア素材としての課題が多くありました。そんな中生まれたのが、小さな正方形のいぶし素材パーツ「ARARE(アラレ)」。「モザイクにして貼りあわせるのだったら俺にでもできる」と大阪でインテリアの仕事をしていた奥平勝司さんの参加によって形になったものです。この商品の誕生によっていままでクレームになっていた、形状(厚さ)の不揃いや色の不揃い、そして職人でしかできない「磨きの行程」を行わないなど、「いぶし素材」をつくる上での困りごとが「味」となったのです。

サイズが少し大きい「ARARE」。煙の回り方によってひとつひとつの色味がかわる

裏にネットを張ることで格段に施工がしやすくなり、引き合いが増えた


あらゆるきっかけを大切にして
今まで以上の販路拡大を目指す

Rin crossingとの出会いは7、8年前に地域資源活用プログラムを受けようと思い中小機構に相談に訪れたことから。残念ながら兵庫県は瓦の認定が行われておらず、そのほかの手段を探していると、会社の前の道「銀の馬車道」が観光資源として登録されているとの情報があり、柔軟に「観光」で何かできないかと視点切り替え「銀の馬車道」に絡めて、瓦造りの体験や見学など観光のプログラムを始めました。この春からは建築関連の方を対象とした民泊を計画するなど、あらゆるきっかけに可能性を探して、思いついたらまずやってみるというのが笹田さん流。このフットワークの軽さが新たな仕事づくりのきっかけになっています。

家の前の倉庫には「銀の馬車道」のイラストが

KOYO体験プログラム・1日職人体験などで工場を案内するときに使う

現在、積極的に海外の販路拡大にも力を入れている光洋製瓦。「5、6年前に海外でもいぶし素材が通用するのか反応が見たくてNYのギフトショーに出展しました。そうすると『この素材は何?』とすごくいい反応をいただけて。いぶし素材というのは自己主張こそしないんですけれど、何か見せたいものを引き立てたり、空間に上質さをプラスする効果があります。海外の人もそんないぶしの良さが伝わるんだと嬉しくなりましたね」と笹田さんは話します。既に海外からのいくつもの引き合いがありますが、その中でも昨年の秋にパリの『メゾン・エ・オブジェ』に出展したことがきっかけで、世界に600店舗を有するスイスの腕時計メーカー、『ブライトリング』の一部の店内造作に使用が決定し、コンスタントな受注へとつながっています。インテリアの商材が全体の売り上げの半分くらいなったという光洋製瓦の「素材」としてのアプローチに、日本の伝統工芸が世界へと羽ばたいていく新たな可能性の一端を感じました。

「ARARE」で作った花瓶と、フレーム&ミラー。そのほかに箸置きやコースターなどもある

壁財としても、床材としても。様々な形や大きさの素材がうまれている

光洋製瓦 株式会社
(コウヨウセイガ カブシキガイシャ)

ページトップへ